多重水門による用水分配機
江戸時代の経済活動は米を中心に運営されていた。
予算は年貢として納められる米を基準にたてられた。大名の格付けは米の石高で示され、公務員である武士の給料も米で支払われていた。幕府の権威の根拠は、広大な天領からの収税に基づくものだった。
それゆえに、発達した市場経済が作り出す米相場の変動は、幕府の基盤をも揺るがすようになっていた。
個人単位の経済においても同様である。とりわけ、米の生産者であり、なおかつ最大の納税者でもある農民にとって、米とその生産所たる水田は、自らの命にも等しい物であった。
米は水田で生産される。その水田には水を供給する用水が不可欠となる。従って、水を確保する権利を巡った農民同士の諍いや争いは絶えなかった。
米どころで知られる越後地方にあっても、事態は同様だった。そのため用水を公平に分配するためのさまざまな用具や決まり事が考案され試みられた。
「多重水門による用水分配機」も、当時考案された数多くの分配方法の中の一つである。
この装置は典型的な門扉カラクリの応用例と考えられる。
最も上流に、本流からの水流そのものを導入する水門。その下流に二重になった水門の組が備え付けられている。他の門扉カラクリ装置と同様、この二重水門の開閉により、複数ある用水の中から一本だけを選び取るといった操作を加えることができる。選び取った各用水への給水を同時間とすることで、公平な用水の分配が実現する。
この機構には、現在のイネーブル付きデコーダという論理回路と、動作や構成の点で類似があるとされている。
Eの水門(展示は無し)はこの水門全体への給水を制御する。水門A0、A1の開閉の組み合わせで、水路D0~D3のうちどれか一つに給水される。
ある機能を持つ回路に対して、その機能を有効にしたり無効にしたりできる信号を、イネーブル( enable )信号と呼ぶ。
右の回路図は、この水門の入水と出水の関係を論理回路で示したもの。機能的には二入力四出力デコーダとなる。A0とA1の入力の組み合わせにより、D0からD3出力のどれかが1になる。
ここでE入力が0の場合、デコーダの出力はすべて0となりデコーダは無効となる。E入力が1の場合はすべて有効となる。
多重水門では、流入口にある水門がEの役割、分配機にある2つの水門がA0とA1の役割をはたす。
Water Distributor Using Multiple Sluice Gates
Economic activities during the Edo period were mainly based on rice.
Rice is produced in paddies, and irrigation is essential for providing water to the paddies. Accordingly, there were frequent conflicts and disputes among farmers over water rights.
This was also the case, naturally, in the Echigo region, which is known for its rice production. Therefore, various devices and rules were formulated to attempt to ensure the fair
distribution of water.
The water distributor with multiple sluice gates is one of the many distribution methods that were invented at
the time.
This device can be seen as a typical application of the "Monpi-karakuri" device.
By combining the opening and closing of double sluice gates, one of the irrigation ditches could be chosen.
There is a similarity, in terms of operation and structure, between this mechanism and the current logic circuit using a decoder with enable.