かたどりの匱(はこ)

人は自らをとりまく環境・属性・情報を元にかたどられることで、そこにあることができる。そこにある人はその活動により、自らを生み出した周りの世界へ働きかける。等身大で人体の形状を立体的にうつしとる装置を制作・運用し、人が周囲からかたどられる状況を物理的に示すことで、相互作用としての人の姿・活動を示す。

 

かたどりの匱は、等身大の真弧(マコ)を使用した手動の三次元計測装置。真弧とは、主に遺跡発掘で遺物を計測し、記録する道具のこと。棒状の部品を平面に並べて一枚の器具とし、前後に動く先端を計測するものに押し当て輪郭を転写する。ひとつの真弧は二次元的な断面形状を記録する。この装置では真弧を複数枚並べ、断面を積層することで三次元形状の記録を実現する。

 

匱(キ・ひつ・はこ)は大きな箱の意味。また、欠けている、空っぽとの意味も持つ。この装置で生み出される人の姿は、かたどられた型の中空部分であり、それそのものは実体を持たない。人は同一性を伴った永続的なものではなく、その時々でたまたま周辺にある事物から導き出される仮の状態であることを示す。真弧でかたどる行為が、周辺環境によって形作られる人のありさまを意味し、かたどる際に押し出される真弧の形状は、人のありかたが周辺環境へ作用する姿であると言える。

 

人体を立体的にうつしとる装置を会場内に構成し、希望した来場者をかたどることで作品がスタートする。一人、または複数の人を装置の中央に配し、スライドする真弧を一枚ずつ押し付けて形をうつしとる。中空の型となった装置の内部より照明が当てられると、かたどられた人体が浮かび上がり、実体を持たない形状が光を仲立ちとして認識される。装置は光のオブジェとして一定期間展示された後、任意のタイミングで希望者を募り、次のかたどりが開始される。会場を訪問するさまざまな人と、その様態によって変化し続ける作品となる。

 

素材は杉・桧などの一般的建材を使用する。本体、真弧部ともに、仕口・継手を用いた木造伝統構法で組立られる。木材を使うことは、周りの世界を現在構成している工業的要素との対比であると同時に、人と作用を及ぼし合った結果として生み出される、あるべき調和の一例を示す。直線的意匠は、曲線・有機的人体をかたどるときの対比となり、押し込まれ押し出される形を浮かび上がらせる。真弧が四方から集まる配置は、とりまく環境により人が形作られる様子を視覚的に表現している。

 

かたどる際の人物のポーズによっては、人体の形状をうまく読み取れない結果で出力される可能性がある。周囲の環境から形作られる新たな人物像として、一人の原型から多様な形態が分岐して行く。時代性や地域性・同時代の技術を反映した人のありかたが、異なる視点から見たとき理解しがたいものになることを示している。特権意識、差別意識の起源として人に内在する特性と言えるだろう。  

 

 

 

真弧

真弧とは主に遺跡発掘で遺物を計測し、記録する道具のこと。棒状の部品を平面に並べて一枚の器具とし、前後に動く先端を計測するものに押し当て輪郭をかたどる。

うつしとられた形状は 計測棒の先端を紙などに転写して図化、保存することができる。計測棒を増やし真弧の解像度を上げると、うつしとる形状の精度が上がる。建築、工業などの分野でも同様の道具が使われている。

 

 

 

 

図面

 

 

 

 

 

 

 

運用方法

真弧部を引き下げ、かたどられる人物はステージに立つ。この際に型の分割線を意識してポーズをとることで、真弧でかたどる形状の再現精度が上がる。

 

 

真弧部を一枚ずつスライドさせ、かたどる。

 

 

真弧部を引き下げ、人物は退出する。

 

 

真弧部を戻し、かたどり完了。

かたどられた匱は光のオブジェとして一定期間展示される。